「めぇ……めぇ?」
呼びかけても反応がない。ずっと恋焦がれていたパートナーを取り戻してから、早1週間が過ぎようとしていた。
その間、彩花はずっと雨丸と共にいた。それこそ、四六時中一緒にいたあの頃のように。
現在の時刻は明け方。先ほどまで、話していたはずの相手は話の途中で眠ってしまったようだ。
「おやおや、相変わらず睡魔には弱いみたいですね」
そう言って、見つめる瞳には暖かい光が宿っていた。つい先日のWS襲撃の際に見せた氷のような光はそこには微塵も見つけられない。
ちょうどベッドの上に座っていた雨丸は左半身を下にして眠っている。彩花は近くにあった暖かい毛布を引き寄せ、雨丸にかけてやった。
その際かすかに身じろぎをして、何事かを呟いた。
「――――」
呟やかれた言葉に、彩花の手がぴたりと止まる。すぅっと心のどこかが急速に冷えていくような感覚がした。
仕方なかった。それでも取り戻したかったから。
でも、出来るだけめぇに悲しい思いはさせたくなかったから、だからあいつだけは撃ってとだけ言った。ただ殺せとは言わず、ただ撃ってと。結果、雨丸は王太を撃った。王太の左足を。
追跡されないように、実弾に麻酔の効果を加えた特殊弾で。
「それでも…あなたの心は戻ってこない…」
王太は死んだわけでもない。ただ、あれは必要だったのだ。雨丸が、雨丸の心が彩花に戻ってくるためには。なのに、2人の絆は壊れなかった。どうして、血の縁はこんなにも希薄なものなのだろう。2人だけだったはずの世界が壊れてしまってから、お互いに一人ぼっち。感情が欠落してしまったかのように、彩花は心から笑うことをしなくなった。あの子がいない。
いつも笑っていたあの子がいない。ただそれだけで彩花が壊れるには十分だった。
壊れた心の時計の針は、雨丸が戻ってきたことでようやく動き出したのに。雨丸の時計だけ進んでいた。彩花がいなくても、進んでいた。
「どうして、あの時手を離しちゃったのかな」
ゆっくりとこわばった手で、きちんと毛布をかけてやる。ぎこちないその動作はまるで扱い方が分からない子供のようだった。
この1週間ともにいたから、分かっている。雨丸はずっと心を罪悪感で苛まれている。
「ねぇ、あなたは、どうして隣(ここ)に来てくれたんですか?どうして…怒らないんですか…。どうして、僕を見てくれないんですかっ!!」
我知らず叫んでしまった言葉は、後から取り消そうにも取り消せない。彩花は自分が放った言葉に愕然として、膝をついた。膝をついた高さから、ちょうど見えるのは雨丸の寝顔。幼いころと変わらない綺麗なまま。ぽたぽたと零れ落ちる涙が頬を伝って、着衣にしみこんでいく。彩花は懺悔するように雨丸の手をとり、額に当てた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
それでも、欲しかった。あなたの声が言葉が心が。誰かに向けられているだけで、自分が自分じゃなくなった。
ねぇ。僕は間違っていたのかな。
ねぇ。お願いだから…
僕を見てください
欲しかったのは、あのころの僕たち。
また一緒にいて笑って、泣いて、ただそれだけだったのに。
あなたの心は僕を見てはくれない。
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彩花様の葛藤。表ではどれだけ冷酷に振舞っても、やっぱり人間なんです。