WS付属の最高の設備が整った病院は、現在人の気配はなく静まり返っていた。
時刻は既に午前2時。静かに時を刻む音だけが響く病室に、小枝王太はいた。
入院してから1週間。目が覚めてから1日と少し。
上半身を起こし、ベッドに寄りかかるようにして座り、渡された雨丸のパンダを無意識に握り締める。
王太は、目覚めてから聞かされたことを頭の中で反芻していた。
『砂紗雨丸は現在行方不明です。拉致と反逆の両方の線で、刑事課が追っています』
淡々と事務的に言ったのは、特殊部刑事課班長の狼のパートナーである遠矢だった。
狼本人であれば、決して言わなかったであろうことも遠矢はきちんと言ってくれた。
それは、雨丸のWSに対する反逆の可能性。
その言葉を聞いた瞬間、王太は負わされた怪我のことも忘れて遠矢に掴みかかっていた。
それでも、事態に変化はない。今の王太に出来たのは、ただ事態を飲み込むことだけだったのだ。
愕然とする王太を前に遠矢は一礼して去って行った。
それから入れ替わり立ち替わり、交通課の面々や普通部総司令官などが王太を見舞いにやってきたが、どの言葉も王太の心には残っていない。
王太の頭を占めるのは雨丸のことだけ。
「どうしたもんかな…」
信じている。信じている。それでも、不安がよぎる。不安要素は雨丸が片割れを裏切れるかということだ。
王太は知っていたのだ。ENISHIプロジェクトの存在。そして、そのプロジェクトの停止の理由も。
もともと被験者であった王太だが、自分が3歳になった頃突然プロジェクトは永久凍結。原因は何かも分からぬまま、王太はそのままWSの訓練所に入って現在へと至る。
そして、班長となってからENISHIプロジェクトについて調べ、雨丸の存在を知った。だから、雨丸をパートナーにした。
同じ被験者として興味があったのだ。鳥籠に閉じ込められた小鳥が、どんな風に成長しているのか。
知らなきゃ良かった。
見なきゃ良かった。
彼の人となりを知らなければ、きっと王太は反逆の可能性が出た時点で雨丸をかばうことなく反逆者として追いかけただろう。
でも、もうそれは出来ない。
「頼むから、裏切らないでくれよ…」
腕を目の上に乗せ、脳裏に浮かぶ雨丸との思い出がまるで走馬灯のように駆け巡る。
きっと、この世に神様なんていないけど。
それでも、どうかこの願いだけは聞き届けてくれと王太は切実に願った。
虚ろに視線を窓に向けていると雲に隠れていた月が現れ、月明かりが窓へと差込み部屋を明るくする。
すると、その月明かりを背景に今正に思い馳せていた人物が目の前に現れたのだ。
「雨丸……」
呆然と呟いた言葉は、かすれることもなくきちんと彼の耳に届いた。
その声を聴いて、彼はゆっくりと微笑んだ。
「最後の仕事をしにきました」